evening

ついこないだまで暑かったのにもう寒いね。1年っていうのはあっという間に過ぎてしまうね。そう考えるとあっという間に年をとってしまい気づいたら50歳とかになっちゃうんでしょうな。

 

今年は比較的にライブを多くこなしていて新たな音楽の出会いや知り合いのバンドとの再会など色々あった。

あのイベントいつだっけ?3年前かーとかそんな会話をすると時の流れは早いなあとしみじみ思うよね。

 

僕が社会人一年目の時に亡くなったおばあちゃんは田舎に帰るとここまで生きるのは一瞬だったなあとそう言っていた。

記憶は意外にも鮮明に覚えていて、昔戦争を経験したおばあちゃんはその時の出来事は忘れていないようだ。

 

「人間は忘れる生き物だけど、忘れちゃあかんことはあるんだよ」とそう言っていた記憶がある。

当時高校生の僕は、忘れちゃあかんこととはなんぞやと思い深く考えたことは特にない。その時が来るのだろう、その時に考えようと感じていた。

 

僕が就職して1年目、おばあちゃんは天国へ。長生きしたしよかったなと喪失感はひどくなくちゃんと前向きにお別れ。その当時に亡くなったおばあちゃんを思いmigrantという曲が完成した。

 

「忘れてはいけないこと」その言葉を思い返す。嫁も空から笑っているんだろうな。

色々あったことも一区切り自分の中で突きだし、少しずつ前を向くことが出来ているような気がする。

カウンセリングの先生にも開き直りが大事だと言われて病状もよくなってきたねと言っていた。

 

開き直りではない。嫁のことはずっと忘れないんだろうとおばあちゃんの言葉を思い出す。

 

嫁は僕の心臓と同化していて僕の好きなように生かせてくれると思っている。

時が過ぎるのは早く、やりたいことはやりたいときにやりたいだけやらねばなと考えている。

 

忘れちゃいけないこと、僕はおばあちゃんが言っていたそれをわかることができた。それはその時の一瞬だけではなくて、ずっと心の中で忘れてはいけないこと。

 

人それぞれ違うと思うけど、忘れないという選択肢も大事なことなんだなと思い、なんとなく今日もギターを弾きながら考えている。

 

3年前

3年前のちょうど今日は初めてcetowが企画をした日だった。

 

sowとの共同企画でバンド始めて1年ちょいくらい、右も左もわからんかった時期でひたすらライブをこなし続けた記憶がある。

 

あの頃は24歳。3年経ち何が変わったかとふと思い返す一日。

 

ギターのプレースタイルや技術はさほど変わっていない。もうギター持って10年近く経つけど技術ってのはもう伸びないんじゃないかとそんな気がしている。

 

あの頃は「漠然とした夢」だけあり、なんとなくcetowかっこよかったですと言われたい!そう思って音楽を純粋に楽しんでいたような記憶がある。

 

今になって思い返せば、今もそういう気持ちはあるんだけど、バンドとして変わったのはコミュニケーションの取り方というかメンバーと話す機会が比較的に増えた。

今でも週一でスタジオに入ろうと僕が声を上げなくても前向きなメンバーたちがいるので、みんなで同じ目線を持ち音楽をしている。

 

そして何より僕自身、音楽というものに対して考える時間が増えた。がむしゃらに行動ではなくて、行為に対する得たい成果は何かぼんやり考える時間。

 

この先に何があるのか考えている。僕たちは京都の中でインストバンドをやっているのだけど、先輩たちに揉まれてまだまだ後輩。

 

後輩がほしいというわけではなくて、僕たちを見てインストバンドを始めてくれるバンドが出てきてくれたら嬉しいなとそういう思いがある。

その影響力はまだないからきっとインストバンドを始める子たちがいないんだろう。

 

僕はMIRRORやa picture of herとかめちゃくちゃ好きでインストに興味を持った。あの時の感動は今も覚えていてギターのサラウンド感がこんなにすげんだなあ!という感覚。たぶん歌ったとしても大したメッセージは僕は残せないし、言いたいことは他の誰かが伝えているような気がして、やっぱり僕はギターが好きでギターの主役でい続けたいと思う一心。

 

もちろんインストバンドでも自分の中でメッセージはある。

今のテーマは「ドラマ」生きるということを考えて、イメージを持って音楽を作っている。でもそれは聞き手には伝わるか伝わらないかということにこだわりはない。

 

音源も3.4年出してないし、アルバムの見込みはたちいよいよ持って曲も仕上がってきた。

cetowでまだまだやらねばならんことがある。天国に届く音を日本西部から発信し続ける。

 

そしてこれからだってやりたいことを探していく。それが音楽の面白いところだと3年経ってわかったこと。

 

 

大連へ行ってきました

今日は大連に行ってきました。大連ってのは年に一回京都の8大学のコピーバンド対決のようなライブで僕の大学だと合宿のオーデションで1位になったバンドが出るイベントみたいなもんです。

 

僕も2回出たことがあって、当時はバンドもしてなかったので、大連を目指して頑張ってたこともあり、大学時代の青春の目標的なもんだった。

 

今日は僕の大学の後輩がcetowのコピーバンドをしてくれてるってことで、実際に興味が湧いて観に行ってきた。

 

自分のコピーバンドをユーチューブ以外で観るのは初めてでなるほど、お客さんやとこんなノリなのかとか、演奏上手だなあとか何より僕たちのバンドをコピーしてくれてありがとうという思いで嬉しかった。

 

大学最後の節目みたいなもんでMCとか色々思い出を語っていて、あーオレも当時はそうだった懐かしいなあと自分の青春時代が重なる。

 

僕がcetowを始めたのは大学4年生の頃で、当時は思い出作り程度で一瞬で終わる予定だったのが、なんだかんだ今までやっており、後輩たちの思い出に僕らのバンドを選んでくれていたってのはこれほど嬉しいことはないなあとしみじみ。

 

大学生の子には特に伝えたい。バンドという青春は大学生活で終わるわけではない。仕事をしたって音楽はできるし、青春はまだまだ自分次第で何度も続いていく。

むしろ僕たちは就職してから活動は活性化されていった。

 

音楽を始める動機は思い出作りからでもなんでもいい。売れる売れない別にして、何年経っても好きな音楽をできることがどんなに素晴らしいことか。

 

音楽をやっていて自分自身本当に救われていることもたくさんあるし、新しい目標がどんどん見えてくる。あの頃に戻りたいと思う人がいるなら大学を終えても青春はあるんだよということを伝えてあげたい。

 

cetowのコピーとても新鮮でいい演奏でした。本当に感謝してます。

これからも僕たちは僕たちの目指すべき道を歩んでいこうと改めて思った。

 

今日出ていた子たちが同志として一緒にライブできる日を楽しみにしている。

 

 

 

近未来

最近は災害が多いね。こないだの台風といい地震といい災害だらけの年だな。

 

未来はどうなるか誰にもわからない。突然大切な人が側からいなくなってしまったこともあって本当にそう思う。

 

当たり前のように側にいてくれてる人も、いなくなってからじゃ伝えたいことも伝えられない。

僕は後悔はないと言ってはおかしいけど、全力で大切に支えてきた自信だけはあるから後悔はない。

 

今になって思うことは、会いたい人には会える時に会おう。大切な人が側にいて感謝してるなら、ちゃんと伝えよう。

どんなに悩んでも前を向けないときは無理をしなくてもいい。後悔はしないようにしよう。

 

最近は病状にも変動があって、少し現実を受け止められるようになってきた。また新しい人生を歩むのかめんどくせーとか思うこともあるけど。明日のこと、明後日のこと、一週間後のこと、少しずつ先のことを考えて生きれるようになっている。

 

でも5年後10年後どうしているのか考えることは恐怖の対象だったりもする。

遠い未来を考えるってのは昔はそうでもなかったけど怖いもんですね。

 

自分にとってどんな生活が待っているのか考えることがなかなかできない。

特に最近友達の結婚だの子供が出来たとかそういう報告を受けると周りの環境は変わってきていて、自分に置き換えた時がなんでオレだけこうなったんやろとか落ち込むこともあるけど、それでも今はバンドのことだけを考えて僕なりの生きる意味を天国に向けて精一杯届けている。

 

生きることの答えが見つかったときは自分がいなくなるとき、そんな気もしている。生きるってなんなのか。

 

自分がいた世界と自分がいなくなった世界で少しは何かが変わっててほしい。cetowが何かのきっかけになっていてほしいとそれだけを願う。

 

レコーディングも控えて、来年くらいには音源が出来上がりそうだ。とりあえずその事だけを考えて、僕なりに考えた生きる方法を生きる目的がない人たちがいて目的を探しているなら伝えていけたらそれでいい。

 

もう寒くなって冬もやってくるなあ。

あったかい缶コーヒーがうまい。散歩がてら本日は自分らの音源を聴いて帰るとしよう。

 

見えない鎖

僕は某コンビニチェーンの社員をやっている。コンビニは気温の変化で売れるものが変わって来るので、天気予報は毎日確認をしている。

 

最低気温も20度まで下がってきておでんも美味しくなってくる季節だね。(ちなみにコンビニおでんは虫が入ってたりするから絶対に買わないことをオススメします)

 

おでんの勝負も終わり今年は見事に圧勝!

次はおせちやらクリスマスケーキやら年賀状とかお歳暮とかしょうもない勝負が始まる。

 

仕事にストレスを感じたくないので、今年は一瞬で終わらせる予定。

特におせち、こいつは一番危険な商材で売れ残ったらさばくのが本当に憂鬱。一昨年は3個食った。去年は見事に1個食った?

 

まあおせちには色々思い出がありましてね。嫁と毎年おせちをこれでもかという量を食って、耐えろ!おせち食いきったら寿司行こな!とかなんとか頑張っておせちを毎年食って笑っていた。

 

今年は一人で食うのかあと思うとなんか寂しくなりますね。

 

年末予約が始まりふとそういった思い出が蘇る。嫁にも仕事の悩みはめっちゃ聞いてもらったり、そのおかげで僕も成長したんだけど、孤独だなと思うこともちょくちょく感じる。

 

最近は予定を詰め込んでいたり、台風対応で忙殺されていたけど、早上がりする日が増えた最近は特に考え事が増える。

 

生きる目標はさだまらず。死にたい欲もだいぶ薄れてきたけど、もういいやと思っちゃうこともたまにはある。

 

残された自分に生きる価値なんかないんじゃないかなーとか思っているとこはあるにしても、 cetowの音楽を聴いていたいと言ってくれる人もいるし、店の人らも僕を頼りにしてくれたり、親は心配してくれたり、周りの人に生かされているなあと実感がある。本当にありがたい話だ。

 

人間は自由として生まれてくるはずなのに、いつしか見えない鎖に縛られ、本当の自由は失われていく。

 

友情、恋人、親族、そして社会。

いたる鎖に縛られて僕らは生きている。逃げるって道は僕は否定をしない。

逃げなきゃいけないときは無理せず逃げた方がいい。助けてと言えないならこちらから助けにいくさ。

 

そう思っていてもいかんせん僕は「逃げる」という行為が怖い。後に逃げたらこう思われるんじゃないかと考えることの方が昔から怖い。それがストレスになる。

だからどんなストレスも楽しく考えるようにしている。仕事も追われるんじゃなくて、詰められそうなことは早く片付ける。

 

バンドの停滞も考えるだけで怖い。常に前進し続けないといけない。僕だけじゃなくて cetowみんなで立ち止まることをしない。

メンバーのモチベーション、これは常に考えている。

 

「期待」待ってくれてる人がいるなら応えたい。だから今は生きることにした。そうすれば生きることが楽しくなるような気がするから。

 

 

 

 

PDCAサイクル

前回記事の続編的な。

僕たちのバンドは右肩上がりに綺麗に矢印が向いて曲が出来ているわけではない。

 

全く曲が出来ない時期もあれば、曲を量産できる時期もあったりまちまち。階段式に曲が出来ている状態。

 

一個自分の中で参考になった点は、仕事で学んだPDCAサイクル。これをバンドで落とし込めればと考えてみたところひらめいてうまいことハマっている。

 

PDCAサイクルとは、元々は工場での生産効率を上げる為のマネージメントの手法だったらしいけど、今では経営学の考え方として、企業の政策で取り入れられてたり、仕事の仕方の見直し方として活用されている。

 

PLAN(計画)DO(実施)CHECK(評価)ACT(改善)

 

計画を立て実行に移し、検証して検証結果から改善を図る。これを回すことを一般的に言いますね。

 

うちのバンドでは、全体感でアルバムを作ろうという大枠の目標があって、そこに対して曲を作っていくという工程。

 

こんな曲つくりたいなとかこんな曲ほしいとかミーティングを通してあらかた情報共有して計画を立てる。

 

そんで、実際ギターを作ってきて曲作りを実行。その後最も重要なのがメンバーの反応(評価)

 

僕たちは社会人で売れる為にバンドをしているわけではないから、お客さんの反応ではなくてメンバーの反応が大事だと思っている。それがモチベーションに繋がると考えているから。

 

評価の為に曲を作るのではなくて、評価は後から付いてくるもの。blue beardの高橋さんの名言で今でも自分の大事な格言になっている。

 

自分たちの好きなことをする。それが一番だと思う。

そして曲を作ってく上で、作曲工夫の改善が見られる。そうすることで曲を作っていく度に新曲が好きになる。

 

PDCAサイクルの何に落とし込んでいるのかという点で、最も大事なのがメンバーとミーティングをして共通認識を握ること。ようは計画を最初に全員で握れば、それに向かって全員で考えられる。結果として方向性が固まる。

 

はたまた曲作りが難航フラグが立つ瞬間も何度もある。

マイブームがあってそれを曲に取り入れれる時期は良くても、何も思いつかないこともよくあるもの。

 

そういうときは、ひたすら色んな音楽を聴いて、この音楽飽きたと思うことが一つのきっかけになる。

 

好きなことをするということはやりたくないことをしないということ。

音楽はたくさん聴いた方がいいと良くいうけど、バンドエッセンスにするだけじゃなくて自分の好きな音楽を再認識する機会にもなる。

 

僕はいかんせん飽き性なので、もうこういうのやりたくないと一度思ってしまうとモチベーションが上がらない。

メンバーもそれは同じで、形を変えて出来ることを少しずつ増やしていっている。

 

きっかけはなんでもいいと思う。例えばサビを2回やるという概念をなくして見たり、変則チューニングを使ってみたり、いかに拘りのない部分を切り捨て、こだわるべき部分に乗せていけるか、そこが重要だと思っている。

 

なんやかんや去年は2曲くらいしかできなかったけど、期限が見えて切迫詰まり今年は5曲できた。色々試験的に試してcetowというバンドをみんなに知ってもらえるようにがんばっていこうと思います。

 

 

目標設定

アルバムに必要な曲作りがあらかた終わった。それでも今日はなんとなく曲を作っている。別に何の為に作るわけでもなく、なんとなく作っている。ふと思い返すことがちらほら。

 

中学生の頃、父親の影響でギターを始めた。そん時はなんとなしに父親にギターを教えてもらって父親の好きな音楽に付き合わされ、ジミヘンとかレッドツェッペリンとかディープパープルがなんとなく好きになっていく。

 

東京から広島へ引っ越して高校は軽音部へ。とにかくうまくなりたいとひたすらコピー。ドラムの綿田とは中学からの同級生でそんときは音作りキンキンで痛いからそのディストーション捨てろだの下手くそだのめちゃくそ言われた記憶がある。

 

そして高校生の時とある人のきっかけで色んな音楽を聴くようになった。今はその人は何をしててどこにいるかも知らない。コピーバンドのイベントで唯一オリジナルをやっててうわーかっけー!と自分で音楽を作ってる人ってすごいなーと感銘を受ける。自分にはできないだろうと憧れで終わった。その頃からその人の影響で色んな音楽を聴くようになった。

 

大学生も軽音部へ、ひたすらコピー、好きな音楽をひたすら探す。そんで大学4年生くらいで思い出作り程度でcetowを始めた。最初はキャブスのパクリみたいなのをやろうとほんと半年とかで終わる予定だったけど、なんやかんや今までやってる。

 

ギターを始めてから今までこんなにバンド活動にのめり込むことなんて当時の自分には予想もできなかった。

対して現在は「予見」この先どうバンドを動かしていこうか常に考えている。

 

今曲を作っているのはバンドがあるから。バンドをしてなければ1人で曲作りなんてしない。

なんの為に音楽をやってるのかも、いまいちわからない。ただ今は自分の才能をどこまで試せるか試してみたいってこと、誰かを救える音楽を作る。自分の為なのかもわかっていない。

 

今作り出している曲は嫁が聴いたことのないフレーズ。今までアルバム制作用に作ってきた曲は嫁に聴いてもらってたリフの延長線上で作っている。アルバム制作にあたりなんとなくそうしたかった。

 

嫁にこのフレーズ、めっちゃよくない?と嫁が聴いててくれてたフレーズを使って曲作りをしたかった。

 

でも今は僕がフレーズを作っても聴いてくれる人は側にいない。誰に聴かせるわけでもないフレーズをそれでも曲を作っている。なんでなんでしょうね。

 

僕は目標を決めることは重要だと考えている。このバンドでどこに行きたいのか目標を持つこと。当然だけどそんなうまいこと着地点に到達しないことはわかっている。何も考えずただなんとなしにスタジオに行けば空中戦で終わるのは目に見えている。だからこそ高い目標を持って具体的に何をしていくのかメンバーと共通認識を持つことが重要なんだ。

 

バンドの未来をずっと考えている。嫁がいなくなった現在も別に誰に聴かせるわけでもないフレーズをただただなんとなしに考えている。

 

もう一度目標設定をし直そう。次掴むものは何かを考えよう。

当時自分がこんなにバンドをやってると思っていなかったように、「バンドに対する予見」先をぼんやり考えてみようかなと今日も曲作りをする。